こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

P&G


ゲイリー・ハメル『リーディング・ザ・レボリューション』―イノベーション=自己否定ができない人間をトップに据えてはいけない


リーディング・ザ・レボリューションリーディング・ザ・レボリューション
ゲイリー ハメル Gary Hamel

日本経済新聞社 2001-01

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 C・K・プラハラードとの共著『コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略』で有名なゲイリー・ハメルの著書。以前の記事「河合忠彦『複雑適応系リーダーシップ―変革モデルとケース分析』―複雑系の理論を取り入れたことで論理展開がカオスに」で、マーケティングはミドルマネジメントを中心とした創発的戦略、イノベーションはトップマネジメントを中心とした包括的戦略が出発点になることが多いと書いた。だが、本書には次のような記述があった。
 巨大な複雑なシステム(読者のなかにもそんな組織に所属する人がいると思う)は、危機的な状況に直面していないかぎり、トップがイノベーションを主導することはまずない。
 本書には、IBMにインターネット文化を持ち込んだジョン・パトリックとデビッド・グロスマン、ソニーでプレイステーションを開発した久夛良木健、ロイヤル・ダッチ・シェルで再生可能エネルギーへの転換を主導したジョルジュ・デュポンロックの例が紹介されていた。彼らはいずれもトップマネジメントではない。現場からアイデアを発案し、周囲の猛烈な反対に遭いながらも自身のアイデアを貫き、成功体験を積んで、ついにはトップマネジメントを説得したという事例である。

 確かに、トップマネジメントがイノベーションに後ろ向きになるのは解らなくもない。トップマネジメントがトップマネジメントたるゆえんは、既存事業で大きな成功を収め、その功績を買われたからである。ところが、大部分のイノベーションは既存事業を破壊する。ブログ本館の記事「【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)」で書いたように、私が考えるイノベーションには、非顧客に着目して既存製品・サービスの新しい使い道を発掘する「新市場開拓戦略」、全く新しい市場に全く新しい製品・サービスを供給する「完全なるイノベーション戦略」、代替品や破壊的イノベーションなど、既存の産業・市場構造を抜本的に刷新する「代替品戦略」の3つがある。

 このうち、「新市場開拓戦略」と「完全なるイノベーション戦略」は、新しい市場を追加するわけだから、既存事業にとって脅威は大きくない。ところが、「代替品戦略」は完全に既存事業の破壊を目的としている。そして、社会全体が成熟し、新しい需要の創造が難しくなった現代では、イノベーションと言うと大半はこの「代替品戦略」なのである。例えば、スマートフォンがどれだけの既存産業を破壊したかを思い起こしてみるとよい。据え置きゲーム機、CD、DVD、メール、デジカメ、書籍、漫画、雑誌、クレジットカードなど、枚挙にいとまがない。

 トップマネジメントにとっては、自分の今の地位を築いた事業が破壊されるのを見届けるのは気分がいいものではない。だから、外部企業のイノベーションからは目を逸らし、既存事業に拘泥する。しかし、やがては外部企業のイノベーションに浸食されて、業績が急激に悪化する。その責任はトップマネジメントが取ることになる。ということは、裏を返せば、自社の業績が悪化しないように、先手を打ってイノベーションに着手することはトップマネジメントの責任であると言えるだろう。トップマネジメントは、自分や自社の過去の成功を捨てる勇気を持つ必要がある。トップマネジメントはこう問わなければならない。「仮に予期せぬ競合他社が現れて、我が社を倒産させるとしたら、どんな方法を使うだろうか?」

 もちろん、前掲の例のようにミドルマネジメントが出発点となるイノベーションも存在する。しかし、ミドルマネジメントにとって、複雑な社内政治をかいくぐって、破壊的なアイデアを貫き通すことは容易ではない。まず、最初の障害として立ちはだかるのが上司である。上司が「そんなアイデアは実現できない」と言ってしまえば、もうそのアイデアは握りつぶされてしまうのである。上司という壁を突破するのでさえこんな具合なのだから、社内中に張りめぐらされた関門を通るのは至難の業である。その点、トップマネジメントには大きな権限がある。トップマネジメントがアイデアを認めれば、予算と人材を集め、チームを結成し、開発に集中投資し、関係部門に協力を要請し、評価制度を変更することができる。少なくとも、ミドルマネジメントに比べれば、これらのことははるかに実行しやすい。

 だから、私はイノベーションの第一責任はトップマネジメントにあると考える。仮にトップマネジメントがイノベーティブなアイデアを創出するのを苦手としている場合には、社内からアイデアが上がってくる仕組みを構築することが重要である(河合忠彦氏はこれを「創発的インフラ」と呼んだ)。旧ブログでは、P&Gの元CEOアラン・ラフリーの著書『ゲームの変革者』から、P&Gの仕組みを紹介した。

ゲームの変革者―イノベーションで収益を伸ばすゲームの変革者―イノベーションで収益を伸ばす
A.G.ラフリー ラム・チャラン 斎藤 聖美

日本経済新聞出版社 2009-05-23

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 《参考記事》
 P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』
 柔らかいアイデアの段階で予算をつける勇気がイノベーションのカギ―『ゲームの変革者』
 イノベーションを既存事業部門から敢えて切り離さないP&G―『ゲームの変革者』
 P&Gは”イノベーションは結果が出ればOK”という柔な評価で済まさない―『ゲームの変革者』

 ゲイリー・ハメル自身も、先ほどはイノベーションの役割はトップマネジメントにはないと書いていたのにもかかわらず、本書の後半では、やはりイノベーションはトップマネジメントの仕事だと言っている。以下の引用文は若干解りづらいが、私なりに解釈するとこうなる。まず、「新しいビジネス・コンセプト(=イノベーション)」を考案する第一義的な責任はトップマネジメントにある。だが、それが難しい場合は、(P&Gのように)ミドルマネジメント層に存在する革命家がイノベーションを推進するための仕組みを業務に組み込むべき、ということである。
 壮大な戦略を立案するのは、革命の時代にあっては無益な作業である。経営幹部は経営とは関係がないなどと主張しているのではない。それどころか大ありだ。だが、経営幹部の仕事は戦略を策定することではない。それは、時代に合った新しいビジネス・コンセプトをつねに案出することである。望ましい状況を整えることが求められるのであって、その内容を考え出すことではない。その役割は、イノベーション精神が深く根づいた企業をつくりあげるために、年輪を重ねた革命家の場合に作用したような、構想のための法則を業務に組み入れることだ。
 本書では、トップマネジメントがイノベーションを主導した例として、チャールズ・シュワブのCEOデビッド・ポトラック、シスコシステムズのCEOジョン・チェンバースが挙げられている。本書の出版が2001年と古いので事例も古くて恐縮だが、アメリカの証券会社チャールズ・シュワブは、2000年代初頭に、今で言うマルチチャネルを既に実現していた。インターネットの普及で競合他社がネット取引専業にシフトする中、チャールズ・シュワブは店舗とネットの共存を目指した。

 というのも、同社の顧客は投資に詳しいプロではなく、一般市民が大半であったからだ。彼らは、口座を開く時にはリアル店舗を訪れ、投資のアドバイスを対面で受ける。そして、実際に投資する時はインターネットを活用する。これによって、同社の手数料は競合他社であるイー・トレードの2倍ほどするにもかかわらず、顧客の満足度を大きく上昇させることに成功した。

 シスコは通信機器の世界的リーダーである。同社は技術志向が強いと思われがちだが、実際には技術に対するこだわりはなく、徹底した顧客中心の企業である。そして、顧客が必要とする技術なら何でも取り揃えることを信条としている。同社には「6か月ルール」が存在する。これは、新製品を開発する際に、6か月以内でできるならば自社開発、6か月以上かかるならば買収を行うというものである。これによって、同社は迅速にイノベーティブな技術を獲得している。

 シスコは買収の際に細心の注意を払っている。シスコの買収の目的は、実は相手企業の技術ではない。相手企業の人材こそが真のターゲットである。というのも、その人材が逃げてしまえば、技術も一緒に流出してしまうからだ。だから、買収にあたっては、相手企業の人材の価値観や特徴、組織の風土を調べ、シスコと親和性が高いかを入念にチェックする。そして、買収後はシスコの企業文化に合わせるように時間をかけて人材を育成する。こうした一連の取り組みを主導しているのが、CEOのジョン・チェンバースである。

 伊神満『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』(日経BP社、2018年)という本がある。同書は、クレイトン・クリステンセンの破壊的イノベーションに限定した本であるが、トップマネジメントがイノベーションを推進できない4つの理由を挙げている。私はそれに対して反論を加えたいと思う。

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明
伊神 満

日経BP社 2018-05-24

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 《難問①》冴えない新事業はトップマネジメントでも育てられない。
 いくら社長直属のプロジェクトとは言え、社長自身が社内政治から自由になれるわけではない。また、新設の弱小部門に人員がどれだけ集まるであろうか?主力事業のスター社員がわざわざ転籍するだろうか?
 ⇒《反論》確かに社長であっても社内政治から自由ではないものの、一般社員はもっと社内政治から自由ではない。また、会社が重大な局面を迎えているのに自ら人事権を発動できないようなトップマネジメントは、トップマネジメント失格である。今日の主力事業は、明日のイノベーションによって消えるかもしれない。消えるかもしれない事業にスター社員を張りつけておく方が愚かである。

 《難問②》技術はM&Aでは買えない。
 イノベーションを素早く起こすためには、自社にない技術をM&Aで調達すればよいと言われる。しかし、マーク・L・シロワー『シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか』(プレンティスホール出版、1998年)が明らかにしているように、M&Aは失敗例の方が圧倒的に多い。M&Aをした結果、M&A後の企業価値が、合併前の2社の企業価値の合計を下回るケースが非常に多く見られる。
 ⇒《反論》M&Aは失敗が多いことは私も知っている。だが、それはM&Aのやり方がまずいだけであって、M&Aという手法自体の有効性を否定するものではない。実際、前述の通り、用意周到に計画されたM&AとPMI(統合プロセス)によって急成長を遂げているシスコのような例がある。

 《難問③》既存事業は簡単には切れない。
 新事業が軌道に乗り、次代の稼ぎ頭に成長したとする。その時、不採算で足手まといの旧部門を自分の手で切れるだろうか?自分の在任期間中なら、「今後の市況動向に注目し」、「前向きに検討」するだけでよいではないか?
 ⇒《反論》既に書いたように、過去を否定できないトップマネジメントはその責務を果たしていない。かつてカネボウは、紡績事業が深刻な不振に陥っていたにもかかわらず、自社のルーツであるという理由だけで紡績事業を守った。それどころか、社長は紡績事業の出身者でなければ就くことができなかった。その結果どうなったかは周知の通りである。自分の在任期間中は何とかごまかそうというのは、いかにも日本企業のサラリーマン社長的な発想である。

 《難問④》経営陣と株主の「最適」は違う。
 経営陣がイノベーションに投資したとする。ところが、株主は既存事業に対して自分の資本を投資している。イノベーションが既存事業を破壊したら、株主の投下資本は毀損されたことになる。
 ⇒《反論》金融機関からの借入金は資金使途が指定されているのに対し、株主から調達した資金をどのように使うかは経営陣の裁量に任されている。イノベーションに投資した結果、企業の利益が大幅に伸びたら、株主にとって喜ばしいことである。逆に、経営陣がイノベーションの機会を逃して企業の業績にダメージを与えたら、怒るのは株主である。

米倉誠一郎、清水洋『オープン・イノベーションのマネジメント』―日本企業はおそらく顔の見えるネットワークでないと適切な相手を見つけられない


オープン・イノベーションのマネジメント -- 高い経営成果を生む仕組みづくりオープン・イノベーションのマネジメント -- 高い経営成果を生む仕組みづくり
米倉 誠一郎

有斐閣 2015-03-27

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 オープン・イノベーションを推進するにあたっては、自社のニーズ・シーズと、他社(他者)のニーズ・シーズをマッチングさせる必要がある。P&Gが「コネクト・アンド・デベロップメント」プログラムを実施した際には、P&Gが世界中の研究機関、企業内研究所、大学などとインターネットでつながり、P&Gがネットワーク上に自社の技術的ニーズ・シーズを公開して、世界中からイノベーションのアイデアを募るというやり方を取った。一方で、もっと当事者同士の顔が見える「場」を利用してマッチングを行うという方法もある。
 「場」というのは、「特定の企業が頻繁に相互コミュニケーションを行っている空間」といえよう。ここでの空間は抽象的な概念であり、たとえば企業系列といった日物理的空間も含まれている。

 このタイプの探索には、①企業系列の活用、②サプライ・チェーンの活用、③既存の取引関係の活用、④展示会での出展、⑤コンソーシアムへの参加、⑥サイエンス・パークの運営・参加、⑦マッチング・イベントの主催・参加、⑧コーポレート・ベンチャー・キャピタル(以下、CVC)の運営など、さまざまなバリエーションが存在している。
 日本企業の場合は、インターネットを活用した世界規模のマッチングよりも、顔の見える関係の中から協業の可能性を模索する方が向いていると思う。欧米人はインテリジェンス機能が発達しているから、公開情報だけを頼りに相手の素性を暴くのが得意である。欧米企業は常に売れる商材をネット上でくまなく探していて、「これは」と思う企業にはいきなりメールでアプローチして、どんどん話を進めてしまう(そういうアプローチに慣れていない日本企業は、欧米人からメールが届くとたじろいでしまう)。一方の日本人はこれが苦手であり、直接相手に会って話をしてみないと、相手が信頼に足るかどうかを判断することができない。

 日本人にとって、インターネットはリアルのコミュニケーションを補完するツールでしかない。これは様々な局面で言える。例えば、もう10年ぐらい前の話だが、社内コミュニケーションを活性化するために社内SNSや社内ブログを導入するという動きがあった。だが、当時社内SNS・ブログを専門としていた人から聞いた話によると、社内SNS・ブログの導入によってコミュニケーションが活性化した企業は、もともとリアルのコミュニケーションがある程度活発な企業であったという。リアルのコミュニケーションが機能不全に陥っている企業に社内SNS・ブログを導入しても効果は薄い。実際、私の前職のベンチャー企業でも、「不機嫌な職場」を改善するために社内ブログを導入したが、すぐに更新が止まってしまった。

 顧客とのコミュニケーションツールとしてSNSを活用する場合も同じである。SNSは、顧客が店舗などでは言わない本音を拾うことのできるツールとして注目されている。ただし、そういう潜在的なニーズを把握できる企業は、リアルな顧客接点においてある程度十分なコミュニケーションが取れている企業に限られると思う。リアルな顧客接点をおろそかにして、SNSで手っ取り早く顧客のニーズをつかもうとするのは虫がよすぎる。では、リアルな店舗を持たないECサイトはどうなのかと問われそうだが、ECサイトでSNSを活用して上手くいっている企業は、コンタクトセンターなど、顧客と直接対話する機会を重視していると私は考える。

 同様に、日本企業がオープン・イノベーションで協業相手を探す場合も、メインは「場」を通じたマッチングとし、インターネットを活用した探索は補完的に行うべきだと思う。「場」に集まった企業と何度も顔を合わせることで、徐々に信頼関係を構築していく。こちら側も相手側も、自社の手の内(シーズやニーズ)を少しずつ相手に打ち明ける。そして、相手が信頼に足る企業であり、協業すれば自社単独では不可能な大きな付加価値を実現できそうだと判断した場合に、協業に踏み切る。オープン・イノベーションはイノベーションにかかる時間を短縮するための手法とされているが、少なくとも日本においては、協業の前段階で手間とコストが非常にかかることを覚悟しなければならない。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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