オサムイズム ―"小さな巨人"スズキの経営 中西 孝樹 日本経済新聞出版社 2015-11-12 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書を読んで初めて知ったのだが、世界の自動車メーカートップ10のうち、実に7社が同族企業(ファミリービジネス)だという(ただし、海外の自動車メーカーにおいては創業家が議決権をがっちり握っているのに対し、日本の場合(トヨタやスズキ)は創業家の株式保有割合はわずかである)。ファミリービジネスについては、ブログ本館の記事「『ファミリービジネス その強さとリスク(『一橋ビジネスレビュー』2015年AUT.63巻2号)』」で触れた。
研究によれば、ファミリービジネスには、①Continuity(継続性―夢の追求)、②Community(コミュニティ―同族集団のまとめ上げ)、③Connection(コネクション―社会にとってよき隣人であること)、④Command(コマンド―自由な行動と適応)という特異性が見られるという(これを「4Cモデル」と呼ぶ)。ただ、特異性があると言っても、実は世界の企業の約3分の2がファミリービジネスであり、世界のGDPの70~90%を占め、多くの国で雇用の50~80%を生み出しているという研究もある。つまり、ファミリービジネスの方が主流なのである。
ファミリービジネスの強さを一言で表せば、「ファミリーの結束力を活かして頑張りがきく」ということである。もっとも、研究として見た場合には、それだけの話では不十分ではないかという問題提起を前掲の記事の中で行った。
スズキの場合はもう1つ特徴的なことがある。それは、代々娘婿が社長を承継してきたことである(ただし、現在の社長・鈴木俊宏氏は、鈴木修氏の実の息子であり、娘婿継承モデルが崩れた)。先代の社長と現在の社長は、広い意味では同じ家族であるが、実際には血のつながりが全くない者同士である。だから、ドライな関係と割り切れば、言いたいことも言い合える。それが、失敗するファミリービジネスによく見られるような、創業家の暴走を食い止めてきたのかもしれない。
そんなスズキも、何度か経営の危機に直面している。他社の場合、経営が危機に瀕するのは、旧態依然とした体質で市場の変化についていけなかった、技術至上主義で顧客ニーズとはかけ離れた製品・サービスを作ってしまった、代替品の登場を見過ごしていた、規制緩和のチャンスや規制強化の脅威に上手く適応できなかった、といった要因であることが多い。しかし、本書を読むと、スズキの場合は、友好的な関係を結んだはずのパートナーと後から大喧嘩をして経営に支障をきたす、というパターンが多いようである(もっとも、そういうケースばかりを本書が取り上げているだけなのかもしれないが)。
まずは、トヨタとの関係である。1970年代の排ガス規制を受けて、各社とも4サイクルエンジンと2サイクルエンジンの改良を余儀なくされた。しかし、2サイクルエンジンは規制のクリアが非常に難しかった。競合他社が2サイクルエンジンから離脱する中、2サイクルエンジンに強みを持つスズキだけは開発を継続した。それでも課題は解決できなかった。このままでは規制が施行される時期に間に合わない。その時、手を差し伸べたのがトヨタであった。トヨタは4サイクルエンジンをスズキに提供した。これによって、スズキは何とか規制に対応することができた。
ところが、奥田碩氏がトヨタの社長に就くと風向きが一気に変わる。奥田社長は軽自動車が普通車の市場を侵食しているとし、軽自動車における優遇税制を批判した。しかも、ダイハツ工業を完全子会社化し、ダイハツの軽自動車でスズキを攻撃する戦略に転じた。トヨタの豊富な資金、技術、人材をダイハツに注入すれば、スズキが苦戦するのは誰の目にも明らかであった。
スズキは早くからインドに進出している。インドの「国民車構想」を受けて、1981年にインド政府との合弁でマルチ・ウドヨグ(現在のマルチ・スズキ)を設立した。インド政府との関係は長年に渡って良好であり、スズキは徐々に出資比率を上げていった。2002年には出資比率を54%に引き上げ子会社化した。
だが、2014年にスズキが全額出資して「スズキ・モーター・グジャラート(SMG)」を設立すると発表した際、残りの46%を保有していた株主は猛反発した。それもそのはず、マルチ・スズキはこれ以上生産台数を増やさず、今後の生産増はSMGで賄うこと、生産の比重を徐々にSMGに振り向け、マルチ・スズキは研究開発と販売に注力することなどが盛り込まれていたからだ。スズキが単純にマルチ・スズキを拡大して業績を伸ばせば、株主へのリターンが増えたはずだから、スズキの案に株主が反対するのも無理はなかった。
さらに、マルチ・スズキがあるハリアナ州グルガオンから、SMGを置くグジャラート州アーメダバードは1,000km以上も離れていた。ちょうど、2012年にはマルチ・スズキの工場で大規模な労働争議が発生したばかりだった。マルチ・スズキの工場も十分に管理できないのに、1,000kmも離れたところにある工場と合わせて管理できるはずがない、と指摘する株主もいた。ただ、様々な反発を受けながらも、鈴木修氏は持ち前の「ハート・トゥー・ハート」の交渉でこの難局を乗り切った。
最近の経営危機は、何と言ってもVWとの提携そして解消であろう。従来からのパートナーであったGMが経営破綻した後、スズキは新たなパートナーを求めていた。その話に乗ったのが、アジア市場を攻略する足掛かりを探していたVWである。2009年、VWはスズキに19.9%出資し、包括的な提携契約を結んだ。
スズキはかつてのGMがそうであったように、VWから様々な技術を教えてもらうつもりだった。GMはお金さえ払えば、何でも教えてくれたそうだ。しかも、スズキが学んだことをその後どう活かそうと、GMは文句を言わなかった。鈴木修氏は、今でもGMには足を向けて眠れないと言う。しかし、VWは違った。契約を結んでも、一向に技術を教えてくれる様子がない。それどころか、VWの経営陣は、出資比率を20%以上に引き上げて、グループ会社に取り込もうとした。つまり、VWは最初からスズキの買収を狙っていたのだ。
これに怒ったのがスズキであり、VWの行動は契約違反だと主張した。すると、VWもまた、スズキの行動が契約違反だと言い出した。こうして両社は泥沼の仲裁裁判へと突入していった。調停は異例とも言える4年もの長期に及んだ。最終的には、2015年8月30日にスズキの主張を認める判決が出され、VWが保有するスズキの19.9%の株式はスズキが買い戻すこととなった。
これだけの難局を切り抜けてきた鈴木修氏は、誰も文句を言わない辣腕経営者であろう。ただし、ここからは私の意地悪な推測。私は、「自分が他人に行ったことは、後で自分に跳ね返ってくる」という考えを持っている。些細な話ばかりだが、お店で理不尽なクレームをつければ、仕事では顧客や上司から怒られる。自分が仕事の締め切りに遅れれば、相手は約束の時間を守らない。道路にゴミを捨てれば、自転車のカゴにゴミを入れられる、などと言った具合だ。
この話を経営に拡張すれば、スズキがパートナーとよく揉めるのは、スズキが仕入先や販社とよく揉めごとを起こしているせいではないかという仮説が成り立つ。自動車業界では下請いじめが問題になる。公正取引委員会のHPを見ると、さすがにスズキに対する勧告事例はなかったが、全体の指導件数は年々増加している。指導件数の内訳は公表されていないものの、実はスズキに対する指導が増えているのではと考えるのは行き過ぎた邪推だろうか?
鈴木修氏は、自分のことを今でも「中小企業のおやじ」だと思っている。私はこれでも中小企業診断士の端くれで、中小企業の社長と色々話をする機会があるのだが、中には「親会社から買い叩かれている」、「特許を侵害された」と恨みつらみを延々と話す方がいる。ところが、さらにじっくり話を聞くと、その中小企業もまた、外注先を買い叩いたり、他社の特許を盗もうとしたりしていると解ることがある。要するに、因果応報なのである。それを自覚せずに、自分の被害だけをいつまでも引きずっているような企業は、たいてい業績もパッとしない。
俺は、中小企業のおやじ 鈴木 修 日本経済新聞出版社 2009-02-24 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
その点、鈴木修氏は実にさっぱりとしている。これが、低迷する中小企業と、売上高3兆円にまで成長した中小企業の違いなのかもしれない。
何があったかと過去に対して愚痴を言っても仕方がない。これから前向きにどうやって生きていくかを考えたほうがいい。いろいろあったのですが、もうこの段階では、お互いに「沈黙は金なり」です。